2010年03月08日

南アフリカへ到着

空港へは早めに着いたのでチェックインカウンターはまだ開いていなかった。
1時間ほど待つと、SA(南アフリカ航空)のカウンターが開いたので、チェックインをした。
入国する時は厳しかった荷物のチェックを受けたが、何の検査もなく通ってしまった。
何も殆どないビジネスのラウンジで、クラッカーを食べ、コーラとコーヒーを飲んで時間をつぶして南アフリカへ向かった。

憧れのモーリシャスの旅が終った。
私がもう少し若く、海が好きならば、ダイビングなどで楽しい日々が過ごせるであろう。
海の好きな者が数人で来るならば、海の好きな若いカップルが来るならば、モーリシャスはやはりインド洋のパラダイスである。
海が好きでなくても、若いカップルでなくても、一人でさえ行かなければモーリシャスはパラダイスである。
いつの日か、またどこかの南の島へ行ってみたいと思っている。
今度は家族と一緒に。

8月20日の夜、南アフリカのヨハネスブルグ国際空港に無事到着した。
税関には審査官が一人もいなかった。
ということは、モーリシャスから持ち込むものには課税の対象になるような代物はないということなのだろうか?
税関を通ってロビーに出ると、いつもの黒人の運転手さんが待っていて、「お帰り」と言った。
手には「ようこそモーリシャスから」と書かれたボードを恥ずかしそうに持っていた。
きっと誰かが私のために作ってくれたのだろうと思った。
また4ヶ月間の南アフリカの生活が始まった。


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2010年03月02日

モーリシャスの空港へ

最終日の朝を迎えた。
8時半ごろにレストランへ朝食に出かけた。
もう殆どの家族連れは朝食が終っているらしかった。
一人で食べているアジア系の男性や、女性同士でも食べている人達がいた。
自分と同じ人種がいると思うと安心した。
これならば昨日の朝もレストランへ来ればよかったと思った。
しかし、ルームサービスで小鳥と一緒に食べた朝食も悪くはなかったと思った。

フライトは夕方であったが、昼にホテルをチェックアウトした。
予約書に書いてあった3泊分の宿泊料の他に電話代を請求された。
日本の家と南アフリカへ数回電話した料金が1泊分ぐらいの費用であった。
ある程度料金が高いことは覚悟していたが、予想以上に高いことに驚いた。
何故かルームサービスで食べた朝食の料金は請求されなかった。
代金を支払おうとしていると、フロントの男性が「宿泊はいかがでしたか」と聞いた。
私が「とても眺めのよい部屋でした。一人では広すぎるぐらいでした」と言うと、「マルコポーロクラブで予約したため、部屋がグレードアップされていました」と言った。

ホテルのフロントでタクシーを呼んでもらった。
タクシーの値段を念のためにホテルのフロントで聞いたら「800ルピーぐらいだ」と言った。
タクシーの運転手に空港までの値段を聞くと「800ルピーだ」といった。
来た時は1200ルピーだった。
やっぱりボラレタのかもしれないと思った。
早朝であったため深夜料金だったので打倒な値段だったのかもしれないとも思った。
タクシーは来た時の道とは違い、東側の海岸を南に走って空港へ向かった。
私は是非この海岸沿いの道を走って空港へ行きたかったので満足であった。

タクシーは海岸沿いの田舎道を走って行った。
海は青く穏やかで、小さな漁船の船着場があった。
船着場には、数人が乗るような漁船というよりも小船があった。
海岸沿いの斜面には畑もあり、全くの田舎であった。
東南アジアといわれれば東南アジアと思ってしまうような風景であった。
擦れ違う人々や住んでいる家は、さほど裕福そうではないが、食べていくには不自由しないぐらいの生活の場があるみたいだった。
家族を日本に残して、数ヶ月間も南アフリカへ行く私と、どちらが幸せなのだろうかと思ってしまった。
運転手に「写真を撮りたいので、どこか景色のいいところで停めてくれ」というと、途中で2回停まってくれた。

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2010年03月01日

七色の大地

ツアーのバスは谷を越え、また丘の上で停まった。
アイスクリーム売っている自動車があったのでソフトクリームを買った。
ソフトクリームを食べながら細い道を降りて行くと広い場所に出た。
ここが有名な7色の大地であった。ホテルの部屋においたあった観光ガイドに載っていた有名な場所らしいのだが、この丘の隅に立つと向こう側の隅を見ることが出来る、ほんの狭い場所であった。
この七色の大地は、火山から溶出された鉱物が酸化されて色が七色に変ったのだそうです。

この丘の上を歩いた。
赤茶色の丘の上を歩いたが7色には見えなかった。
日光の具合で色が変るのかもしれないと思った。
すぐ近くにいた子供さん連れのご夫婦に写真を撮ってもらった。
実はこの1枚の写真が、モーリシャスで私が写っている唯一の写真である。
この写真がなければ、私がモーリシャスへ行って来たという証明が出来ないのである。

ツアーバスは山を下り、島の南部の海沿いに出た。ここから西側の海岸を北に向かった。
西側の海岸を走っている時、ガイドが日本人の多く訪れるホテルがあると説明していた。
その説明は、ヨーロッパの方たちのようなリゾートタイプのホテルではなく、バカンスタイプのホテルというニュアンスであったかもしれない。
私はこっちのホテルの方がよかったかもしれないと思った。
でも今になって思えば、一生に一回ぐらいはこの旅行で宿泊したリゾートホテルもよかったと思っている。
もう二度と一人でリゾートホテルへは行かないだろうが。

ツアーバスは西側の海岸から島の中央を横断して、東側の海岸にある宿泊していたリゾートホテルへ戻った。
モーリシャス最後の夜であった。
今夜こそ夕食に行ってみようとレストランに出かけてはみたが、この雰囲気では中に入り込めないこめないと思い返し、部屋に帰り真空パックのご飯を食べた。
勇気を振り絞って、賑やかなレストランの片隅で夕食を取ることは出来た。
でも寂しくレストランの片隅で、一人で食べた夕食の思い出をこのモーリシャスで作りたくないと思ったのである。

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<モーリシャスの主な観光>

○パンプルムース植物園
11万坪の園内には約80種の椰子を含む800種類の植物がある。
60年に一度しか花を咲かせないという椰子、直径1メートル以上もあるアマゾン産の巨大なオオニバスもある。

○水族館
鮫、海亀、珊瑚などモーリシャスの海にに生息する約200種類の魚類などが集められている。

○カゼラ・バード・パーク
2万4千坪の敷地内に約140種、2500羽の鳥が放し飼いにされている。
モーリシャス固有の鳥で絶滅の危機にあるピンク・ピジョンも飼育されている。

○タマリンドの滝
大小7つの滝が重なるように流れている。

○グラン・バッサン
ヒンズー教の聖地として崇められているクレーター湖。
周囲には寺院や沐浴場がある。

○シャマレル七色の大地
火山から噴き出した鉱物が大気との接触によってできた虹色の大地。

○ブラックリバー峡谷
最高峰828メートルのブラックリバー山や原生林に覆われた谷を見ることができる。

ポートルイス市内では、博物館などモーリシャスの歴史に触れることができる。
主なレジャーとして、ヘリコプター・ツアー、クルージング、ダイビング、フィッシング、ゴルフなどがある。
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2010年02月26日

4カ国語を喋るガイドさん

次ぎに小高い丘でバスは停まった。
そこから遠くの谷の向こうに滝が見えた。
こんな高い場所に滝があるのが不思議に思った。
いったい何処から水がくるのだろうかと。
東京都ぐらいの広さの島なので滝があっても不思議ではないのだが、こんな丘の上に滝になる水があることに驚いた。
私がこのモーリシャスに来てみたいと思った一つのキッカケは、今は絶滅してしまったドードーという鳥であった。
昔はこの丘にもヨタヨタと腹を地面に擦り付けながら歩いていたのだろうと思った。

ガイドが車内のマイクでいろいろ説明してくれるのだが、なかなか発音が聞き取りにくかった。
私は観光の本も読んでいなかったので、現地の地名などは全く分かっていなかったためかも知れない。
このガイドはほとんど一日中喋っていた。
しばらくしてから気がついたことであるが、ガイドは4カ国語で説明していた。
つまり同じことを4回喋っていたのである。
フランス語、英語、ドイツ語それにイタリア語であった。
でもフランス語(クリオール語かも)のイントネーションで喋っていたため、私にはいつ違う言語にかわったのかわからなかった。
最初は英語で説明していることさえ気がつかないでいたのだ。

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2010年02月24日

モンキーカレー

ツアーのバスはどんどんと山の上に登って行き、昼食は小高い山の上にあるレストランに寄った。
もう昼食なのか? まだ殆ど観光をしていないではないかと思った。
もしかしたらショッピングだけでツアーが終ってしまうのではないかとも思った。
モーリシャスには観光する所などないのだろうか? 
でもホテルの部屋の観光ガイドに載っていた”七色の大地”にはぜひ行ってもらいたいと思った。

レストランでは、女性のガイドのお勧めでモンキーカレーを食べた。
辛くないカレーといったほうがよいかもしれない。
バナナなどのフルーツが入っているカレーであった。
このモンキーカレーは注文するとすぐに出てきた。
ガイドがモンキーカレーを勧めていたが、味が美味いというよりは早く食べられるためだと思った。

余談であるが、南アフリカのダーバンなどでもカレーを食べた。
でもあまり辛くなかった。
私はあまり辛いのが好きでないので、ちょうどよかった。
南アフリカの中華料理なども少し甘めであり、南アフリカでは甘めの方が好まれるのかも知れない。
南アフリカにいる日本人の知人の話では、南アフリカのインドカレーはさほど辛くないと言っていた。
嘘か本当かは分からないが、インドは南部の方が辛いのだそうです。
南アフリカに来ているインド人の方は、インド北部の方が多いのだそうです。
南アフリカのカレーはあまり辛くないと言っていたが、数年前に食べたサントンサンホテルで食べた野菜カレーは辛かった。
5分の1ほどしか食べられなかった。
日本人の友人は「そんなに辛くないよ」と言って平気で食べていたが。

レストランの中は混んでいた。
どこのテーブルの席に座ったらいいのか困った。
一緒のツアーで来た男性二人連れの2組と私の5人で座った。
4人はそれぞれ話しをしていたが、私は無言であった。
何か尋ねられれば片言の英語で話しもできたが、こちらから話しかけることも出来なかった。
彼ら自身が英語で話していないのだから。
ドイツ語のようでもあったが、違うような気もした。
彼らは一人の私をどう見ているのだろうと思った。
不思議な奴だと思っているのだろうと思った。
私はこの2組の男性のペアを見て思った。
なぜ男性のペアなのだろうかと。他の観光客は殆どがご夫婦らしいのだが。
2組の男性ペアと一人の男。
このモーリシャスのツアーでは、はたから見れば奇妙なテーブルであったかも知れない。

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モーリシャスのヒンズー教寺院

街の中をブラブラと歩いた。
一緒に来た他の観光客もやることがないらしく、ブラブラと歩いていた。
派手な柄のTシャツと貝や珊瑚で作ったお土産が多かった。
私は1メールほどの帆船のモデルシップを探していた。
精巧に出来たモデルシップがどの店でも売られていた。
おそらく日本の10分の1ぐらいの値段であったと思う。
1艘買おうと思っていたのだが、これから南アフリカに行って、日本に持ち帰ることを考えると無理そうだった。
機内に持ち込むには大き過ぎるし、荷物を預ければ値段がかかりすぎそうだった。
日本の持って帰るまで壊れないという保証はどこにもなかった。
もし無事に家まで持って帰ったとしても「こんな大きな物を家の何処におくのよ」と言われて、壊される危険性すらあった。
小さなモデルシップを探したが、小さい物はそれほど精巧ではなかった。
小さなモデルシップなら少し値段が高くても日本で買えそうに思った。
しかし、日本に帰って数年経っているが、まだ買っていない。

最初に行った観光先はヒンズー教のお寺であった。
お寺の前には大きな池があり、池の真ん中に像が立っていた。
ここがモーリシャスのヒンズー教の聖地なのかもしれないと思った。
お寺の中は土足厳禁であった。
私が靴を脱いで中に入ると、一緒に来た白人の観光客たちも靴を脱いで中に入った。
床が石で出来ているため、冷たかった。
番人をしていたインド人の方に「ナマステ」と挨拶をしたが、返事がなかった。
モーリシャスのインド人の方は、祖国の言葉は忘れてしまったのかも知れないと思った。
インドにはもの凄い数の言語があるそうで、このインド人の方は別の言語を話しているのかも知れないと思った。

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2010年02月20日

南部観光ツアーへ行く

昨日の朝食の時間は少し早かったので、今日の朝食は30分遅らせた。
雀が窓際まで来て「今日の食事はなぜ遅いのか?」というように鳴いていた。
今日はモーリシャスの南部観光ツアーである。
ホテルに一日中いることを考えると気が楽であった。

定時に大きめのマイクロバスがホテルに迎えに来た。
まずはDFSへ連れて行かれた。
観光に行く通り道なのかも知れないが、それにしても最初からDFSとは。
何も買う物がないのでただ見て廻った。
ダイヤモンモンドが安かった。
南アフリカ産らしいが、日本で買う値段の3分の1ぐらいらしい。
ダイヤモンドは空港渡しと言っていた。
カシミヤのセーターが安かった。
カシミヤのことはよく知らないが、インド北部のカシミール地方産が有名らしい。
おそらくインドからの移住者と一緒にモーリシャスに来たのだろうと思った。
ツアーバスはここのDFSに1時間ぐらい停まっていた。
何も買う予定がないので店内を20分も見て廻るとあきてしまった。
駐車場でぼんやりと外の景色を眺めていた。

次ぎは市内へショッピングに行った。
ここでも1時間ぐらい停まっていたかも知れない。
ショッピングばかりで、なんというツアーなのかと思った。
一人で大きな建物の中にあるマーケットに行った。
魚市場の匂いとインドの香料の匂いが入り混じっていた。
あまりの匂いの強さに気持ちが悪くなってしまった。
郵便局を探して中に入った。
記念切手のセットを買うつもりでいたが、なかなか言葉が通じなかった。
「切手を見せて欲しい」と言うと、通常使用している2種類の切手を見せられた。
記念切手が欲しかったのだが。
この2種類の切手を1シートずつ買った。
記念切手は帰りに空港で買えばよいと思った。

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2010年02月10日

<モーリシャスの紹介>

正式国名はモーリシャス共和国。首都はポートルイス。
ロドリゲス島はモーリシャスの東563km、カルガドス・カラホス諸島はモーリシャスの北東395km、アガレガ諸島はモーリシャスの北1200kmにあり、インド洋の広範囲に散らばっている。全面積は2045平方kmで東京都とほぼ同じ。
総人口は約110万人。インド系68%、クレオール系28%、中国系3%、白人系1%。
宗教は、ヒンズー教徒50%、キリスト教徒31%、イスラム教徒16%、仏教徒3%。
公用語は英語。日常会話はフランス語とクレオール語が主流。ヒンディー語、中国語なども使われている。

モーリシャスの歴史の始まりは多くの謎に包まれている。975年にアフリカ大陸を目指してイランの商人が発見したとも言われている。
1510年、ポルトガル人がヨーロッパ人として始めて発見。
1598年、オランダ船が暴風雨のためモーリシャスに避難。その後、食料補給基地として殖民を開始。1652年に喜望峰が発見され、1710年にオランダ人は撤退。
1715年、フランスが国王ルイ15世の名のもと占領し、フランス島と改名。
1810年、イギリスがフランスを破り支配下にした。イギリスの総督はフランス人の信頼を得るためフランス人の習慣を尊重した。
1968年、イギリス連邦下の一国として独立。

首都ポートルイスはフランス植民地時代に、1936年から建設された。中心地には街づくりなど後世に名を残す数々の業績を挙げたラブールドネ総督の銅像の立つアルム広場がある。シャン・ド・マルス競馬場は世界でも2番目に古い歴史を持つ。
おもなお土産品はダイヤモンドの指輪、モデルシップ、紅茶、アンスリウムの花、Tシャツ、ラム酒、切手などがある。

ダイヤモンドは南アフリカ産だが、値段は日本の約3分の1らしい。
モデルシップは帆船で極めて精巧に出来ている。一つ買いたいと思っていたが、運搬の問題がありそうなのであきらめた。モーリシャス航空は機内持ち込みが出来ず、別料金が取られるらしい。
暖かい島で以外だったのがカシミアのセーターであった。
私が買ったのは葉書と切手だけ。それとフィルムケース入れた海岸の砂が土産でした。砂か石を持ち帰るのが趣味なのです。飛行機に乗る際に何度となくセキュリティー・チェックに引っ掛かっている。

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2010年02月07日

セガダンス

午後の4時にホテルへ戻った。
午前11時に出発したのだから5時間かかったことになる。
タクシーの運転手は「ウオーターフロンで2時間、片道1時間」と言っていたが、帰りの道路が混んでいたためであろう。
運転手は追加料金を請求しなかった。
たぶんポートルイスで2時間待っているのが、運転手の言った料金なのだろうと思った。

まだ高い太陽の下で日光浴をしたが、夕食のことを考えるとまた憂鬱になった。
夜になり、今日こそはレストランで食事をしようと思ってレストランへ行ったが、入ることが出来ず戻って来た。
こんなことならばポートルイスで食料を買ってくるべきだったと反省した。
レストランで食べれば無料と思って、買ってこなかったのだ。
日本にいる時は結構むだ使いをしているのに、海外へ行くとお金に細かくなってしまう。
特に東南アジアに行ったときなどは、100円あればと思うとついついけちになってしまう。
昨日と同じに真空パックのご飯を食べ、朝食はルームサービスを注文した。

今夜は楽しみにしていたセガダンスが見られる日であった。
このセガダンスは毎日見られるわけではなく、週1回しか開催されないらしい。
毎日違うホテルを廻っているらしかった。
22時頃になると陽気な音楽が流れてきたので、ダンスを見に出かけた。
屋外のバーの客はセガダンスの舞台の方を向いて座っていた。
隅のイスに一人座って周囲を気にすることもなく見ることができた。

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posted by southafrica at 21:57| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | モーリシャスの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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