2010年05月30日

南アフリカの床屋さん

南アフリカで撮影した写真に写っている私は、髪がボサボサに伸びている。
数ヶ月も滞在していると、床屋さんへ行かなければならないが、週末は休業でなかなか行くことが出来ないのだ。
ウイークデーに会社を抜け出して行くことになるのだが、予約制のためなかなか時間の調整が難しい。
それに英語で予約するのが面倒なのである。

今回、南アフリカに到着した時は、日本で大風邪を引いていたため床屋さんに行くことも出来ず、すでにボサボサであった。
「南アフリカで床屋さんへ行けばよい」と思っていたが、ついつい行きそびれて、床屋さんへ行ったのは帰国の数日前であった。

夕方、床屋さんへ行った。先約があるというので1時間待たされた。
「シャンプーをしますか?」と聞かれたので、「いりません。カットだけにして下さい」と答えた。
「どのようにしますか?」と聞かれたので、「ミディアム」と答えたが、肉の焼き方の注文ではおかしいので、髪を半分摘んで「ハーフ」と言い直した。
デコボコに刈っているのは分かっているが気にしない。

約15分で散髪は終った。私のようにヘアースタイルを気にしない者にとっては、南アフリカの床屋さんは便利である。
最後にドライヤーで切った髪を吹き飛ばして終了である。
日本の床屋さんのように何度も切って髪を調整しないので、細かい髪が残っていないので痒いということもない。
勿論、髭剃りない。
これで約500円である。
この内容では少し高いかも知れない。
もし髭剃りがあるとすれば、私は拒否するであろう。
もし剃刀で皮膚に傷でもつけられたら、それこそ心配である。
そうエイズ....。

南アフリカには路上の床屋さんもある。
たぶん100円程度で出来るのかも知れないが、白人の方たちは行きません。

vjsa112g.jpg


posted by southafrica at 20:21| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

南アフリカのダム

ダムに到着した。
ダムといっても向こう岸が見えないほど広い。
このダムにはキャンプ場があり、入り口にはアベンチュラーと書いてある。
アベンチュラーは、南アフリカ内にたくさんあるので、国民休暇村みたいな場所かもしれない。
私は一度だけ、このアベンチュラーに足を踏み入れたことがある。
ロッジがあり、岸辺にはモーターボートが置いてあった。
岸辺には「遊泳禁止」と書いた立て札があった。
数年前、このダムで水泳をしていた子供さんが、鰐に脚を食いちぎられたというニュースが新聞に載っていた。
この鰐は昔からここに棲んでいたのか? 誰かがここに離したのか? 興味がある。
このダムの水は、飲料水や農業用水と使用しているため、人が近づかないように鰐が離されたのかもしれない。

ここ南アフリカでは、乾期にはあまり雨がふらないため、どこの町でも飲料と農業用水用のダムがある。
ダムの水は数年前に来た時よりも少なかった。
数年前は異常気象で、ダムが決壊するのではと思われるほど水が溢れていた。
ここからさらに北へ向かうと、地形のためか気温が2〜3℃高くなり、大きな農場が多くなる。
たぶんここのダムの水を利用しているのであろう。

話しが前後するが、ここに来たのは久し振りであった。
数年前は、危険そうで来られなかった場所である。
「今は危険でない」とも言えないのだが。
数年前、私の黒人の友人が車ごと行方不明になり、数週間後に彼がここから少し北に行った草むらで発見された。
勿論、車はいまだ発見されていない。
車のナンバーが取替えられたか、国境を越えて北の国に運ばれたのかもしれない。
ここ南アフリカは車検制度がないため、盗難車の調査すら難しいのである。

もう少し北へ行ってみたいと思ったが、夕暮れも近いので帰ることにした。
ダムを過ぎると一枚の道路標識が目に入った。
「鹿」や「馬」や「牛」が書かれた動物注意の標識ならば、少しも驚きはしないのだが、何と「カバ」が書かれていた。
まさかこのダムに「カバ」は棲んでいないでしょう。

vjsa112d.jpg

vjsa112e.jpg
posted by southafrica at 17:37| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月26日

ある週末のドライブ

日曜日の午後、サントンから田舎町に戻って来て、ロッジに再びチェックインした。
以前にも書きましたが、このロッジは金曜日と土曜日の夜はゴルフで訪れるお客のために、私のような仕事で泊まっているお客は追い出されてしまうのである。

まだ午後の3時であった。夕暮れの7時までには時間があった。
いつもの近くのドライブコースへ行くことにした。
私の好きなドライブコースは、ここから東へ行くイースタントランスバールである。
ここはあまり高い山ではないが山間部で緑が多く、滝なども見られる場所である。
でもイースタントランスバールまでは、ここから3時間もかかり、一日のドライブでもかなりきつい。

そんなわけで、私はよくここから北に40分ほどの所にあるダムまでドライブをする。
このダムの付近は、周囲を低い山に囲まれている。
私は、日本では山の見える田舎町に住んでいるので、山を見ると落ち着くのである。

ロッジを出発して、町は外れの坂道を登り終えると、左手にもう一つの町が見える。
ビルなどの高い建物はなく、朝晩はモウモウと煙がたっている。
ここはかつての黒人の方たちが隔離されて住んでいたタウンで、今でも白人の方たちは住んでいない。
黒人の方たちは、ここの町から歩いたり、ミニバスに乗って白人の方たちの住んでいる町まで働きに行っているのである。
モウモウとたっている煙は炊事の煙で、ここの町は電気が引かれていても、火力に頼っている家庭も多いみたいである。
電気の引かれていない家庭もある知れない。

この町を左手に見て車で走って行くと、広大な大地が続いている。
所々に黒人の方が暮らしている集落や、白人のかたの農場が見られる。
トウモロコシ畑の脇で車を停めた。
トウモロコシの植えられた畝が見えるが、その先端は見ることも出来ないほど広い。
この広大な土地は、今でも白人の方たちが所有しているのである。

遠くの空地では黒人の子供たちが、そまつなゴールをめざしてサッカーをしていた。
15人ほどはいるだろう。
ここから人家は3軒ほどしか見えない。
一体、彼はどこに住んでいるのだろうと思ってしまった。
遊び疲れた彼らは、1時間もかけて、歩いて自宅へ戻るのかもしれない。

vjsa112a.jpg

vjsa112b.jpg

vjsa112c.jpg
posted by southafrica at 22:28| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

ウエルカム・ディナーへ行く

コンピュータのセットアップや、昔から置いてある荷物の確認で一日が過ぎてしまった。
ときどき誰かが「お帰り」と声を掛けていった。
「さあ帰ろうか?」と思っていると電話がかかってきて、「部屋にあるコンピュータの準備ができた」と言ってパスワードを知らせて来た。
コンピュータにログインは無事に出来たのだが、プリンターの設定がされていず、設定までに30分も待たされてしまった。
このように頼んだ仕事はどうにかやっておいてくれるのだが、何かが抜けている。
「コンピュータに社内ランでメールが受信できるようにして、印刷も出来るように設定しておいて下さい」と頼まなければならないのである。

夕方は現地の友人5人に連れられて、ウエルカム・ディナーへ行った。
彼らは私のことなど忘れたようにアフリカーンス語でお喋りをしている。
時々思い出したように私に声を掛けてくる。
「料理の味はどうだい?」とアフリカーンス語で。
「バイエ・ラッカー(旨いよ)」と応えてはみたものの、魚に添えられているライスまで食べきることが出来なかった。

「トッツィンス(さようなら)、ラッカラ・スラープ(おやすみ)」。
アマゾンというレストランの駐車場で別れたのは夜の10時頃であった。
食事とお喋りで3時間半も過ごしたのである。
posted by southafrica at 22:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

新聞屋の黒人のおじさん

自分で車を運転して会社へ向かった。
日本の会社へ行くよりも自然に感じるのはなぜだろうか? 
日本と南アフリカに、私という、全く違う人間がいるように思えた。
日本で生活する自分が別の自分のように思えた。
「こんな生活も悪くはないな」と思った。
このカーブを曲がるとロボット(信号)があるはずである。
ロボットで右折すると広い道路に出る。
そして時速60キロの標識がある。まるで昨日もその前の日も通った道のように思えた。

会社の駐車場に車を置いて外に出ると、顔見知りが「いつ帰って来たの?」と声を掛けてきた。
新聞屋の黒人のおじさんが、「明日から新聞をオフィスに届けるよ。シチズンだったね」と言った。
「ああは言っていたが、たぶん新聞が来るようになるのは数日後からだろう」と思った。
新聞が来ても殆ど読む時間がない。
新聞は一部3R(36円)である。
このおじさんへの寄付だと思っている。
それにしてもこの会社の入り口で何部の新聞が売れるのだろうか? 
新聞、雑誌それにお菓子などを売って生活が出来ると思うと不思議である。
posted by southafrica at 22:04| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

カントリークラブでの朝食

7時になったのでカントリークラブのレストランへ行った。
隣のテーブルで、20歳代後半の2人お兄さんが話しをしていたが言葉がわからなかった。
「アフリカーンス語か?」と思った。
「ここから少し離れた町から長期出張で来ていて、たぶん金曜日の夕方に家に帰り、月曜日の朝に戻ってくるのだろう」と思った。
工事などでけっこうホテルやロッジに宿泊して週末だけ帰る方が多い。
以前、私があった人たちは、近くのキャンプ場に車ごと入って、キャンピングカーとバンガローで生活していた。

キョロキョロとこの2人見ていましたら、「何処からきたのですか?」と英語で聞かれたので、「日本からです」と答えた。
「どこから来たのですか?」と私が聞き返すと、「オランダ」と言った。
そして「仕事でしばらく滞在している」と言った。
お兄さんたちが話していた言葉はオランダ語だったのである。
アフリカーンス語はもともとオランダ語から生まれた言葉である。
アフリーカーンス語とオランダは同じ単語もあるみたいだが、同じスペルでも発音がかなり違っているみたいである。
南アフリカの現地の知人の話では、「でもコミュニケーションは出来る」と言っていた。

vjsa111c.jpg
posted by southafrica at 12:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

カントリークラブの朝

昨夜は23時頃に寝たのに、早朝の4時に目が醒めてしまった。
南アフリカ最初の昨日は3時に目が醒めた。
たぶん明日は5時頃に目が醒めて、時差ボケはなくなるだろうと思った。
ベッドの中でウトウトしていると、遠くで「ゴトゴト」という貨物列車の音が聞こえた。
この音は前回の滞在時にも聞いていた音で、いつもこの音で目が醒めていた。
この貨物列車はこの町を通り、インド洋沿いにあるリチャーズ・ベイという輸出港へ行っている。
リチャーズベイは南アフリカの小さなで輸出港で、石炭などを製品を輸出している港である。

ベッドの中でウトウトしていると、今度はゴルフ場で鳴く「カー、カー」という鳥の鳴き声で起こされた。
「カー、カー」と鳴くがカラスではない。
嘴の長い鳥で芝生の根っこに嘴を突っ込んで虫を食べているみたいである。
窓の外を見ると、空は夏だというのにドンヨリと曇っていた。
「今は初夏なのか?」と疑いたくなるほどだった。
窓を開けたがさほど寒くない。朝の気温は18℃くらいかもしれない。

ポットでお湯を沸かして、インスタントコーヒーを作って飲んでいると、ヘリコプターのような騒音が聞こえてきた。
テラスに飛び出してみると、何とこれがゴルフ場の芝刈機の音であった。

今日から3週間、このロッジから会社へ通うことになっていた。
ロッジの朝食は7時からであった。
会社は7時30分から始まるが、ここから会社まで車で20分以上かかるので、朝食を食べれば当然遅刻である。
朝のミーティングは8時からなので、その時間までに行くことにした。
どうせ夕方の就業4時にはすぐに帰れないので、勤務時間は帳消しである。

vjsa111a.jpg

vjsa111b.jpg
posted by southafrica at 19:36| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

カントリークラブのレストラン

今朝はドライブインでサンドウイッチを食べ、昼食は会社で魚とチップス(フライド・ポテト)を食べた。
もうそろそろ空腹になってもよいのだが、お腹がすいていない。
それよりもとにかく眠い。
時差ボケである。
でも今寝てしまうと夜中に目が醒めて、一晩中寝られないで過ごすことになる。
そして寝付くのは明け方で、会社に遅刻してしまう。
ともかく、カントリークラブのレストランへ行ってみることにした。
明日から毎日、朝食と夕食を食べに行くことになるので、下見をしておくためであった。

10年ほど前は、このカントリークラブのレストランとは賑わっていた。
でも今では寂れていた。
町にマクドナルドやケンタッキーなど、いろいろなレストランなどが出来たからである。
かつては、この町には、このカントリークラブのレストラン、一軒あったホテルのレストラン、それにステーキの旨いレストランぐらいしかなかった。
数年前、この町に滞在している間に、どんどんとレストランやファーストフードの店が出来ていった。

カントリークラブのレストランへ行くと、日本人が珍しいのだろうか、ウエイトレスにジロジロ見られてしまった。
まずは、飲み物にカーソル・ライトというビールを注文した。
「一応レストランなのでスターター(前菜)から注文しなければならないだろう」と思った。
スターターはサラダにするかスープにするか迷ったが、スープを注文したらトーストもついてきた。
もうこれで腹が一杯になったような気がした。

メインは何か食べなければならない。
到着記念なのでステーキを注文することにした。
ウエイトレスにメニューを指差すと、「これはレディサイズで、200gだ」と言われてしまった。
「今日はあまりお腹がすいていない。キディサイズがあればそっちを注文したい」というと変な顔をされてしまった。

ひさしぶりに食べたステーキは硬かった。
結局、120gぐらい食べてギブアップしてしまった。
ウエイトレスが「それしか食べられないのか?」という顔をして、「ドギー・バグ?」と言った。
お土産に持って帰っても犬がいるわけではないし、どうせ食べることもないので断った。
ウエイトレスが「デザート?」と聞いたがもうお腹が一杯であった。
部屋に戻ってすぐ寝るわけにはいかないので、コーヒーを注文した。

毎晩、この調子で食べていては胃がおかしくなってしまう。
「変な日本人だ」と言われるかもしれないが、「明日はメインだけにしようか?」、「それともスターターだけを2つ注文しようか?」と思った。

vjsa110d.jpg

vjsa110e.jpg

vjsa110f.jpg
posted by southafrica at 06:25| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月12日

スーパーマーケットへ行く

ここのスーパーマーケットは、日本の大きなスーパーマーケットと殆ど変わらない。
変わっているとすれば、南アフリカ産のワインがずらりと並び、南国産のフルーツが沢山ならんでいることである。
それに長ネギなど日本の野菜や中国の野菜がないことである。
これらの野菜が食べたくなったら、サントンへ行った時にチャイニーズショップで買ってくるしかないが、いつもあるわけでもない。
そうそう、南アフリカのスーパーマーケットで忘れることが出来ないのは、肉売り場にブルボースという南アフリカ産のソーセージが、トレイの上で不気味にとぐろを巻いて座っていることである。

お気に入りのワイン、コーラ、パッションフルーツの果汁、レモン味の炭酸水(レモネード)、マフィーン、アボガド、洗剤などを買った。
パッションフルーツの果汁は、レモネードで割って飲む予定である。
アボガドはまだ硬かった。
数日部屋に置いておけば柔らかくなるであろう。
半分に割ってワサビ醤油で食べる予定である。

ピックンペイから買物をして外に出ると大粒の雨が降り出した。
車に乗ると空に稲妻が走った。
久し振りの雷である。
一瞬、「何で今頃?」と思ったが、南アフリカは今、初夏なのである。
この時期、一度雷が来ると、翌日もその翌日も、毎日同じ時刻に来るのである。
時々停電になるが、なかなか復旧しない。
「ロウソクを買い忘れた」と思った。

vjsa110b.jpg

vjsa110c.jpg
posted by southafrica at 21:37| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

カントリークラブのロッジ

私の宿泊するカントリークラブのロッジの外にはゴルフ場が見えた。
このゴルフ場は、数年前まで滞在していた時は、週末になれば毎日来ていた所である。
でも今回は、3週間の滞在なのでゴルフをする暇もないだろう。
数年前ならば、南アフリカに来て、週末は何もすることがなかったので、ゴルフをすることを楽しみにしていたが、今ではその気も起きない。
歳をとったためだろうか?

部屋の外にはテラスがあり、白いテーブルが置いてあった。
でもこのテラスは鉄格子に囲まれていた。
この鉄格子はゴルフ場から飛んでくるボール避けではない。
勿論、ライオンなどの動物が侵入してこないための動物避けでもない。
この南アフリカでは、猛獣のたぐいが自然の中に棲んでいることは殆どない。
クルーガー・ナショナルパークなどの動物保護区でしか見られない。

この鉄格子は、泥棒などの侵入防止なのです。
私が以前に住んでいた家は、室内にセキュリティーシステムが取り付けてあった。
外出時に何者かが侵入するとアラームが鳴り、セキュリティー会社が掛けつけるようになっていた。
この鉄格子のおかげで、私が動物の檻の中で生活するような気分になってしまった。

部屋の冷蔵庫の中を見ると、当然のことながら空っぽであった。
この乾いた南アフリカの空気の中で生活するためにはコールド・ドリンクが必要である。
町まで車で買物に行ったが、このロッジは町の外れにるため、車で15分ほどかかった。
いつも行っていたピックンペイというスーパーマーケットへ寄った。
ピックンペイは、"Pick 'n Pay" と書く。
英語のようだが、'n は英語の a なので、たぶんアフリカーンス語なのであろう。

vjsa110a.jpg
posted by southafrica at 18:09| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月02日

カントリークラブのロッジにチェックイン

カントリークラブのロッジはこの田舎町の町営なのかもしれない。
個人経営でないことは確かである。
ゴルフコースの1番ホールに沿ってうなぎの寝床みたいに部屋がある。
私の部屋は一番奥のほうであった。
奥に行くほど新しく、部屋がよいのだという。
部屋の愛称は「ロビン」と書いてあった。
すぐ近くには「アルバトロス」という部屋があり、「来週はこの部屋に泊ってみたい」と思った。

このロッジはウイークデーしか宿泊させないらしい。
週末の金曜日と土曜日は、ゴルフを楽しみに来るお客さんしか泊めないそうです。
日本ならば「もし空室があれば泊めますよ」と言うかもしれないが、それを認めないのが南アフリカらしくて好きである。
週末は何処かへ移動しなくてはならない。どうせ週末は何処かへ行きたいと思っているので好都合である。

部屋は、バス、トイレとシャワー付きであった。
部屋は広く隅にダブルベッドが置いてあった。
ダブルベッドが狭く見えるほど部屋は広かった。
テレビ、電話、湯沸し器、それに冷蔵庫があった。
湯沸し器があれば、日本から持って来たインスタントラーメンを作ったり、パックのご飯を温められるので安心した。
テレビをつけると、アフリカーンス語の放送が流れていた。
「もうアフリカーンス語の放送は少なくなっただろう」と思っていたので以外であった。

vjsa109d.jpg

vjsa109e.jpg
posted by southafrica at 20:16| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2年ぶりに会社へ行く

約2時間で、これから3週間滞在する予定の田舎町に着いた。
この町は、1995年から5年間、年間の半分以上を過ごした町である。
ひとまず会社へ行って挨拶し、事務室の整理をして、予定の打ち合せをした。

2年間もここにいなかったのが嘘のように思える。
事務室の整理をしていると、顔見知りが「お帰り」と声をかけてくれる。
「元気だったかい?」と聞いてくれるが、もうそれ以上のことは聞いてこない。
まるで週末の休みから戻った月曜日のような雰囲気である。
私のいない2年の間に入社してきた人や、ハウスキーパーのお姉さんが珍しそうに私を見ていた。
「日本人てこんな顔をしているのか」という顔で見ていた。
ハウスキーパーのお姉さんに、「ウンジャーニ(ズールー語でこんにちは)」と言うと、驚いたような顔をして「リコーナ」と返事をした。
驚くのも無理はないだろう。
このハウスキーパーに挨拶をする白人なんて誰もいないのだから。

夕方3時頃、時差ボケのため眠くなり事務室でぼんやりとしていると、一緒に働いている白人の知人が来て、「もう疲れたろうから、カントリークラブのロッジへ行ってチェックインしよう」と言った。
これから3週間滞在するロッジである。
この会社は朝の7時半から始まり、午後の4時に終了する。
「まだ3時ではないか?」というと、「どうせ仕事がないのだろう」と言った。
私は自分のことを気にしているのではなく、この知人が3時に帰宅するのを心配しているのに。
私に付き合うことを理由に、早く家に帰りたいのだろうと思った。
彼らの考えそうなことである。
posted by southafrica at 07:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 滞在記・2001年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。